死を信仰し、生きる意味を問う
ちょっと疲れてしまい「生きてる意味がなさすぎる…」のモードになってしまった。
これから生きていって、もちろん素晴らしいことや楽しいこともたくさんあると思うけど、つらいこともたくさんあって、つらいことのほうが自分の中で大きい。
私はつらいことを何倍にも感じ取って育ててしまうので、それがまたつらい。
苦しみが大きい中で生きていく意味ってなんだろうか。
信仰に身を置いてみることも考えたけど、私は聖書の授業を受けてもあまりしっくりこなかったので、お祈りとか向いてないのかなあと。何かをひたすら信じるとか盲目的になることに関しては他の人より適正があると思うんだけど、今その状態になれていないし、どの神様とも会えていないのはご縁がないのかなあと。
もしかしたら私が信仰する宗教は「死」なのかもしれない。今は苦しくても、その時になれば必ず私を無にしてくれる神様。
そこに向かって歩いていくことが私の信仰なのかもしれない。
それと同時に生きている意味を問う自分がいる。むしろ人生に問われていると考えることは、まだ難しい。