僕の中のあなた

先輩が僕のことを好きでないことはずっと知っていました。好きでないっていうのは語弊があるかな。僕のことを見ていなかった、のほうが近いかもしれない。いや、もちろん大切にしてくれていたのは知ってるんです。だってあなたはいつも僕を優先してくれましたから。いつも僕に会いたがっていたし、メールや電話もたくさんしました。一度だけ旅行に行ったこともありましたよね。結局何もなかったけど。だってあなたは、人と一緒に眠れないんですっていう僕に気を遣って別々の部屋をとってくれましたから。深夜、2人でお酒を飲んだ後に「じゃあ明日」と言ってまだ僕の部屋に居たそうにしていたあなたを引き留めなかったことは、ちょっと後悔しています。あの時何かあったらまた違ってたのかなって。おかしくなったのはあなたが働き始めてからです。僕は当時まだ大学生だった。あなたは毎日悲しそうにしていました。でも、極力会社のことは話さないようにしていましたね。それは僕を気遣ってというよりは、休日に会社のことを口に出したくなかったからでしょう。入社して1か月も経たないうちに、あなたは僕の体を執拗に求めるようになりました。何かと僕の体に触れたがった。そんなことしなくてもいいと止めてもやめてくれなかった。あなたはそこに自分の存在価値を見出していたのだと今なら冷静に考えられます。当時はわけが分からなくて、僕はもっとゆっくり進みたいのにと思いながらも嫌われたくなくて必死に我慢していました。会うたびに泣かれるようになってからはもうだめだと思いました。会っていないときは会いたくて、でも会うともっともっとつらくなるんです。耐えられなかった。街を歩くときに必ず手を握ってくるのが恐ろしくて、その嬉しそうな顔もだんだん僕をいらだたせるようになりました。もうこの人はだめだと思いました。僕の気持ちを無視する人間だって。僕は強くなんてないから、支えることは難しい。別れるしかないという結論に至りました。あなたは別れたくないと泣いたけれど、僕の気持ちが変わることはなかった。あなたと付き合う気はもうありませんと言って電話を切った後、泣きました。どうしてこんな風になったんだろう。先輩がまだ大学にいた頃はあんなに楽しかったのに。憧れて、好きになって、いつだって尊敬していたのに。悪いのは一体誰なんだろう。あなたか僕か会社か社会か。そう考えた時僕は気づきました。あなたの告白の言葉、「私を踏み台にしてくれてもいいから、良かったら付き合いませんか」。あなたがしょっちゅう言っていた言葉、「女の子はこういうのが好きなんだよ。私と別れてからも、これは覚えておくんだよ」。当時は自分を卑下する人だな、謙虚さが行き過ぎてしまったのだななんて考えていましたが、あれは僕の中に、あなたがいたからなんですね。人を癒そうなんていう傲慢な考えは、誰を幸せにすることもできません。あなたの中のあなたは、あなた自身で癒していくしかないんです。僕を踏み台にしたのはあなたです。僕はそれに気づいてからあなたを軽蔑するようになりました。あなたはただの先輩として、僕の中に憎しみとわずかな未練と共に心の中に眠っています。