私は彼女をなだめるすべを持たない。
むしょうに文章が書きたいのは睡眠導入剤で頭がぼーっとしてるからに他ならなくて、いま目の前に美しい女の人が現れたら私はなんのためらいもなく彼女を抱きしめてベッドの中にひきずりこむだろう。彼女に抵抗されたら、もう私にできることはない。私は彼女をなだめる力も持っていないし、それ以上無理やりにでも何かをしようという気は起きない。合意の上で行いたいのだ。
もし誰かから電話がかかってきたらろれつの回らない舌で延々とつまらないことをしゃべり続けるかもしれない。あなたはどうやって生まれたの何センチ何キログラムどこに住んでいて今までどんな女の子を好きになったのリクルートスーツは好きかしらって次々質問するかもしれない。
噛みしめる
ものは
自分の歯くらいしかなくて
握りしめる手もないから
自分の肩を
両手で抱いていた
手先の冷たさが
感染していくように
肩首肩甲骨にひろがって(拡大して
冷たい翼を生やしたのだ
けれど君は
飛ぶ
ところがない
飛ぶ
意味もない
しまわれた翼は息をしていない
君の生き場のなさは
依然息をしていて(元気すぎるくらいに
両腕をひろげても
飛びこむあなたは
どこにもいない(はじめから
みんなが生きている理由を集めて少しずつ食べながら生きていきたい
昨日の夜は憂鬱で、「どうしてみんな生きてるんだろう」「何のために」と心の中で何度もつぶやいた。
生きている理由というのは人間にはなくて、生きていることがもう理由で、そこに他のことをプラスする人もいるんだろうけど、私には本当にわからないからあまり考えないようにしている。楽しいことをして日々をやり過ごす。それだけだ。
眼鏡を新調した。一年ぶりだ。前のはおじさんくさくて、リリー・フランキ―がかけていたものによく似ていた。私は気に入っていたが、周りからの評判はすこぶる悪かった。
ロイド眼鏡を一度かけてみたくて、結局似合わなかったのでフレームが丸っこいものを選んだ。値段も手頃だったし、気に入っている。明日からよろしく。カルテットの別府くんを意識してるんだけど、まあ誰もそんなこと思わないだろうな。私だけの秘密だ。私だけの。
調子に乗ってバッグを二つも買う。どちらもかわいくて実用的。私は荷物をまとめるのが下手なので、たくさん入るものを買った。使うのが楽しみだ。好きなもので部屋をいっぱいにしたい。
明日は洋服と口紅を買う予定。なんだかもうハイになっている気もするが、長く生きるかなんてわからないし、まあいいか。私なんて、もういつまで生きてても変わらない。そのことが私を楽にさせることもある。
美しくありたい。身軽でありたい。好きな人と散歩をしたい。手を繋いでみたい。女性の柔らかい身体に抱かれてみたい。
欲望ばかり募る。私は何も成し遂げていないのに。いつまでこうやって若者ぶって悩めるんだろう。
くり返しで生きていくり返しで生きてくり返しで生きてく
触発されてたくさん日記を書こうと頑張っている。
今日はうろうろした。洋服を見たり本を見たり。でも必要最低限の物しか買わなかった。近頃は物を買うことにずいぶん慎重になっている。物を減らすのに労力がいることを知ったからだ。それに、何が自分に必要なのかわからないのだ。もう持っている気もするし、何も持っていなくて一から揃えなければいけない気もする。結局何も買えなくて、帰途につく。けれどお金がたまるわけでもない。要はお金の使い方が下手なのだと思う。
「ペーパー・ムーン」を見た。
「お母さん、娘をやめていいですか?」最終回を見た。
どちらも親子の話だ。
親子なんて代替可能だって考えを聞いてからずいぶん楽になった。なんでも自分の都合のいいように置き換えていけばいい。それで生きやすくなるなら間違ってたっていい。
なんかもう、気持ちいいことをいっぱいしたい。自分にとって気持ちいいと思うことを禁止せず、いっぱいやろう今年は。気分の向かないことは、やらなくていいことならなるべくやらない方向で。無理して良かったことなんてあんまりないから。たいていは体調が悪くなって心が削られるだけ。心、回復したと思ったらまた削られて、それの繰り返し。それの繰り返しでこのまま先も生きていくとしたら苦しいなあ。人生ずっと苦しいのかなあ。
ある日目の前が嘘みたいに明るくなって、体が少し軽くなって、生きていくのが楽になったらいいのにな。その日がくることを信じて生きてる気もするし、決定打が無いから死なないという気もする。
あー頭くらくらするくらい人のこと好きになってみたいし、好かれてみたい。
バカみたいに朝まで歌いたい。
そういう原始的なことをやりたいんだよ、わかるかい。
春休み中なんてなんでも書けるよね、本当に。4月からの私は下を向いてばかりかもしれないのに。
ギターを弾いても涙がでることはなくなって
なんと!もう三月ではないか。はやいはやい。
最近はだらだら過ごしていて、一歩も外に出ずに暮らしている。外の光を浴びるのはゴミだしと洗濯の時くらいだ。
でも全然虚しいとは思わない。私にはこの時間が必要なのだと思う。
いつも、忙しかったあとや人に会ったあとは何日かひきこもりたくなる。だから、いつものことなのだ。
でも規則正しい生活をしなければとは思う。買い物でも何でもいいから出かけて、夕方に帰って来て、家のことをやって…そうやって暮らせたら自分のことを少しは認められるだろう。
破天荒に生きたい。何でもできるような気がする。あれ?ハイなのか?ただ前向きになっているだけだと信じたいが。
かわいらしい春の洋服が欲しいな。ワンピースとか、明るい色のバッグとか、新しい化粧品とか買って、美しい女になりたいな。そして横浜にデートとか行っちゃって、中華とか食べちゃって、私は普通の女として生きるんだ。最高。嬉しい楽しい大好き。
ギターを弾いていても涙が出ることはなくなって、ずいぶん安定しているんだなと思う。でも、不安はすぐにぶり返す。たぶんもうすぐ、周期はそこまで来ている。一生このサイクルから逃れられないんだとしたら、一生この中で生きていくしかないんだろうな。仕方ないよねえ。
彼への思いを通じて、あの人のことを考えている。あの人のことはいつになったら思い出さなくなるんだろう。会っていない期間が長すぎて死者と同じになっているのかもしれない。私の中で美化されすぎてすっかり無敵になったあの人は現実の彼や恋人すら打ち砕いてしまって、私の中できれいにきれいに生き続けるのかもしれない。美しいよねえ。
自分日記2月
結局グロスを買った。
髪の毛を洗うのを尊敬している人に手伝ってもらったこと、一生忘れない。旅行楽しかった。社会科見学のようだった。歳の離れた人たちとたくさん話す。大人たちは話が尽きない。
お土産を持っておばあちゃんのところに行かなければ。3月には東京行きも控えている。今回はどの美術館に行こうか。素敵な展覧会があっていればいいが。
「本物」という言葉について考えている。宝石やブランドには本物とか偽物があるかもしれないけど、それを人に使うのはどうだろう。「信じる者」くらいにしてほしいな。なんでも二つにわけるのはよろしくない。
書く人は書くことを人にすすめる。書くことは時に麻薬だ。自分の得意分野や思ったことばかり垂れ流すのは気持ちのいいことだ。書けないことに挑戦しなければいけない。
日記にとどまらないものを書きたい。考える時間を。