おおきくなりたくありません

すきなものはたくさんあります。苦手なものはこころのほつれ。

もう子どもを育てるということは無理なんじゃないかなと思っている

前々回の記事で200記事目だった。よく書いたものだなあと思う。読んでくださる方、スターをつけてくださる方、そして書き続けている方、いつもありがとうございます。

 

今日は憂鬱がひどく、考える力が衰えて大変だった。次に何をすればいいかわからなくなるのだ。やらなければいけないことがあっても気力がわかず、何となく家に帰りたくない。かといってやりたいことも見つからないし、買い物で気晴らし!なんて体力も判断力もない。こんな時は何も考えずに淡々と物事をこなし、早めに帰って寝てしまうのが一番だ。帰りたくなくても、そうすることが明日への助けになる。

走っていない、ましてや歩いてすらいないのに動悸と息切れが起こる時がある。深呼吸してもなかなかおさまらず、口元をおさえてうずくまる。キッチンでうずくまっていると、このまますべてが終わってくれそうな気がするが、そんなに都合良くはいかない。何事も勝手に終わってはくれないのだ。

 

今日のご飯はものすごくまずくて、本当に味がまずかったのか私の味覚が疲れていたのかわからない。食事をするのが億劫な時があって、カプセルを10個くらい飲んだら1日に必要な栄養が全部取れればいいのにと思う。食事が特別な娯楽として確立していったらいいのに。食べたくない。痩せたいとかそういうことじゃなくて、食べるのは憂鬱だ。理由はわからない。箸を持ち、口に運ぶことは私にとって面倒な作業のように思える。かと思えば、美味しい美味しいときゅうりをかじる日もある。

 

唐突ですが、もう子どもを育てるということは無理なんじゃないかなと思っている。私は遺伝性ではないけど疾患があるし、ブログを読んでわかる通り精神の安定しない人間だ。今後所得がどうなるかもわからない。愛する人と子どもを育てることに憧れないではないが、それよりも子どもが悲しんだり苦しんだりすることのほうがかわいそうでならない。私の好きな人はとても子育てに向いていそうだから、もし子どもを育てたいのであれば、お別れをするしかないと思っている。

なんてちょっと潔く書いているが、今も心は揺れ動いているし、どうなるかなんて誰にもわからない。何ヶ月後かに「結婚しました。出産予定は来年の初夏です!」とか書いているかもしれない。

 

とにかく1日生きることを目標に。明日なんて遠い未来のことはわからないさ。