旅行に行くということは現在自分が住んでいる場所に関することをはっきりさせる効果があると思う。家の良さを再認識したり、旅行先も意外と良いなと思ったり。

あとは、荷造りの際に手持ちの服を確認できるし、旅行に行くんだから髪の毛を切っておこうとか洗濯をしておこうとか、色々なことに対する意欲がわく。立つ鳥跡を濁さず。あ、向田邦子は縁起にこだわって旅行前は掃除をしなかったらしい。そういうことにこだわっていた人がああいうことになったのはなんだかとても切ない。

知らない人と話すことは現在の自分の立ち位置をはっきりさせる。

私は学生です、何歳です、今は春休みで今度旅行に行きます、旅行はどこどこに行って、というのも私はアレがとても好きなのでそれを見に行くのです、それつながりで大学はそういう関係の学科に通ってるんです…って自己紹介によって自分のことを再確認する。自分って何にもないな、とか思う。中途半端のほうがまだ良い、中途すらいってない。途中にすら至ってないなって悲しくなる。

明日は薬をもらいに行かなければいけない。毎月毎月きちんと飲んでいたのに、もらいに行くのを忘れていた。私は薬によって保たれているのに。自分を責めるけど起きてしまったことは仕方がない。自分の体と先生に謝りつつ、明日無事薬がもらえることを祈る。

 

今朝はとてもこわい夢を見たのだ。久しぶりのこわい夢。しかも私の夢は妙に現実感があって、何かが追ってくるとか抽象的なものではなく、誰かとの間にトラブルが起きるというものが多い。トラブルの原因はたいてい私だ。夢でよかったなと思いながらも、こわい夢を見た日は一日中それを引きずってしまう。

今日はどうかこわい夢を見ませんように。素敵な夢じゃなくてもいいから、こわい夢はやめて下さい。良い夢見させてくれなんて言わないから。

涙は麻薬だ

とにかく金を使う。ないのに使う。

服はあるのに何を着ていいかわからないし全部ださく思えるけど買った時は良いと思っていたのだ。でも、今着ると本当に自分が垢抜けていないことが気持ち悪くてつらくなる。

金が欲しい。お金がたくさんあれば、私は好きなものを買ってやりたくないことはやらずに過ごすだろう。でもこのタラレバみたいなことをやっていても事態は一向に良くならないし、私の精神的問題が本当にお金があれば解決することなのかどうかは誰にもわからないのだ。

みんなが自分の時間をきちんと生きてるのに、私だけ違うような気がしてくる。

お金を稼ぐためにいろいろなことをして、そのストレスで散在してプラマイゼロ。意味無いじゃないか。

 

楽しい事を書きたい。もちろん嬉しい気持ちになることはあるけれど、何々を買ったとか夕飯が好きなメニューだったとか、そういうことじゃなくて、心からの喜びみたいなものが生活に足りていない。何をぜいたく言ってるんだと自分でも思うが、泣きたくなるほどの感動がない。誰かにしがみつきながら大声で泣きたい。涙は麻薬だ。

 

お金を遣ったあと、常に罪悪感に悩まされる。解放されたい。お金の使い方がうまくなればいいのに。自分を幸せにすることに慣れていないのか?慣れていくしかない。私は私を大切にしなければいけないし、そのためにお金はある。減っていく残高のことは、元気になってから考えよう。大丈夫。私は私であり続ける。それをやめようとしない限り。

私は彼女をなだめるすべを持たない。

むしょうに文章が書きたいのは睡眠導入剤で頭がぼーっとしてるからに他ならなくて、いま目の前に美しい女の人が現れたら私はなんのためらいもなく彼女を抱きしめてベッドの中にひきずりこむだろう。彼女に抵抗されたら、もう私にできることはない。私は彼女をなだめる力も持っていないし、それ以上無理やりにでも何かをしようという気は起きない。合意の上で行いたいのだ。

もし誰かから電話がかかってきたらろれつの回らない舌で延々とつまらないことをしゃべり続けるかもしれない。あなたはどうやって生まれたの何センチ何キログラムどこに住んでいて今までどんな女の子を好きになったのリクルートスーツは好きかしらって次々質問するかもしれない。

 

噛みしめる

ものは

自分の歯くらいしかなくて

握りしめる手もないから

自分の肩を

両手で抱いていた

手先の冷たさが

感染していくように

肩首肩甲骨にひろがって(拡大して

冷たい翼を生やしたのだ

けれど君は

飛ぶ

ところがない

飛ぶ

意味もない

しまわれた翼は息をしていない

君の生き場のなさは

依然息をしていて(元気すぎるくらいに

両腕をひろげても

飛びこむあなたは

どこにもいない(はじめから

みんなが生きている理由を集めて少しずつ食べながら生きていきたい

昨日の夜は憂鬱で、「どうしてみんな生きてるんだろう」「何のために」と心の中で何度もつぶやいた。

生きている理由というのは人間にはなくて、生きていることがもう理由で、そこに他のことをプラスする人もいるんだろうけど、私には本当にわからないからあまり考えないようにしている。楽しいことをして日々をやり過ごす。それだけだ。

 

眼鏡を新調した。一年ぶりだ。前のはおじさんくさくて、リリー・フランキ―がかけていたものによく似ていた。私は気に入っていたが、周りからの評判はすこぶる悪かった。

ロイド眼鏡を一度かけてみたくて、結局似合わなかったのでフレームが丸っこいものを選んだ。値段も手頃だったし、気に入っている。明日からよろしく。カルテットの別府くんを意識してるんだけど、まあ誰もそんなこと思わないだろうな。私だけの秘密だ。私だけの。

 

調子に乗ってバッグを二つも買う。どちらもかわいくて実用的。私は荷物をまとめるのが下手なので、たくさん入るものを買った。使うのが楽しみだ。好きなもので部屋をいっぱいにしたい。

明日は洋服と口紅を買う予定。なんだかもうハイになっている気もするが、長く生きるかなんてわからないし、まあいいか。私なんて、もういつまで生きてても変わらない。そのことが私を楽にさせることもある。

 

美しくありたい。身軽でありたい。好きな人と散歩をしたい。手を繋いでみたい。女性の柔らかい身体に抱かれてみたい。

欲望ばかり募る。私は何も成し遂げていないのに。いつまでこうやって若者ぶって悩めるんだろう。

くり返しで生きていくり返しで生きてくり返しで生きてく

触発されてたくさん日記を書こうと頑張っている。

今日はうろうろした。洋服を見たり本を見たり。でも必要最低限の物しか買わなかった。近頃は物を買うことにずいぶん慎重になっている。物を減らすのに労力がいることを知ったからだ。それに、何が自分に必要なのかわからないのだ。もう持っている気もするし、何も持っていなくて一から揃えなければいけない気もする。結局何も買えなくて、帰途につく。けれどお金がたまるわけでもない。要はお金の使い方が下手なのだと思う。

 

ペーパー・ムーン」を見た。

「お母さん、娘をやめていいですか?」最終回を見た。

どちらも親子の話だ。

親子なんて代替可能だって考えを聞いてからずいぶん楽になった。なんでも自分の都合のいいように置き換えていけばいい。それで生きやすくなるなら間違ってたっていい。

 

なんかもう、気持ちいいことをいっぱいしたい。自分にとって気持ちいいと思うことを禁止せず、いっぱいやろう今年は。気分の向かないことは、やらなくていいことならなるべくやらない方向で。無理して良かったことなんてあんまりないから。たいていは体調が悪くなって心が削られるだけ。心、回復したと思ったらまた削られて、それの繰り返し。それの繰り返しでこのまま先も生きていくとしたら苦しいなあ。人生ずっと苦しいのかなあ。

ある日目の前が嘘みたいに明るくなって、体が少し軽くなって、生きていくのが楽になったらいいのにな。その日がくることを信じて生きてる気もするし、決定打が無いから死なないという気もする。

 

あー頭くらくらするくらい人のこと好きになってみたいし、好かれてみたい。

バカみたいに朝まで歌いたい。

そういう原始的なことをやりたいんだよ、わかるかい。

春休み中なんてなんでも書けるよね、本当に。4月からの私は下を向いてばかりかもしれないのに。