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おおきくなりたくありません

すきなものはたくさんあります。苦手なものはこころのほつれ。

勝手にコンプレックス

今日は母のおつかいで化粧品売り場に行った。新作のグロスを勧められ、いいなあと思ったが買わず。買っても使うかどうかよくわからないからだ。高かったマニキュアも塗ってないし。

「ナチュラルなメイクをされてるので、グロスをしたら華やかさがアップすると思いますよ」

「インスタグラムしてますか?」

とアドバイスと質問をされる。恐ろしいのは、これらはすべて事実を言っている、もしくは質問をしているのに、私は勝手にコンプレックスを刺激されているということだ。

お前インスタとかやってなさそう、顔地味なのにメイク薄いな、と言われているような気になってくる。恐ろしい。

化粧品売り場は、買ったあと少し強くなれる気がするけど、何も買わないと自分が本当に愚かに思えてくるし、すっぴんや適当な洋服では店に入れない苦しい場所でもある。化粧品売り場に行くと自意識が肥大して、目がぐるぐるまわる。店員さんの真っ黒なまつげや、濃い口紅を見つめていると自分がレベルの低い人間に思えてくる。いや、レベルというか、武装していないような、何も武器を持っていないし、防具も無いような気分だ。

明日、もし力が残っていたらグロスを買おう。おしゃれは遠い。

女の人が怖いのか?

日々のこと

 明日は、というか今日は女の子たちと遊ぶ。女の子だけで遊ぶのって久しぶりだし、実はとても苦手だ。女の子と二人きりは結構好きだ。男の人複数人と遊ぶのも平気だ。でも、自分は女の子複数人と遊ぶのだって平気なんだぞという変な見栄みたいなものから遊びをセッティングした。ごめんね。こんな理由で遊ぶなんて相手だって嫌だよね。ごめんね。

男女複数人もあんまり得意じゃない。どっかバグってるんじゃないか。よく頭のネジが二三本たりないとか言うけれど、私の場合は本数が多い気がする。ロボトミーみたいに余計なところに太いネジが刺さってんじゃないだろうか。だからいろいろ感じすぎちゃうんじゃないだろうか。

女の人を喜ばせたいという気持ちがそもそも強すぎるんだ。だから女の人といると息苦しい時がある。彼氏がいるとかいないとか、結婚してるとかしてないとか、そういうことが関係性に影響してくる。

男の人はそんなの関係ないから楽だ。相手に彼女がいようがいまいがマウンティングとかしあう必要はない。だって異性なんだもの。争うことはなにもない。争わないでいきたい。私は本当にあなたなんかより下なんだからどうか私があなたが持っていないものを持っていても気にしないで下さいお願いしますって願っている。だって私なんて本当に取るに足らない人間じゃないですか勘弁して下さいって思っている。勝手に敵視するのはやめてくれ。私は争いとかしたくないし、一人一人得意なことが違うのは当たり前。あなたは料理が上手くて、私はスキップが上手いとかそんなんでいいじゃないですか。怒らないで。

不遜?本当に不遜なのは私かもしれない。勝手に自分の価値を下げて、そのくせプライドは高くて、自分は報われないみたいにかわいそがってないか?自問自答を続けていても幸せになれるわけではない。

ともかく今日は楽しい日。女の子と遊べるなんていいじゃないか。思いきり楽しんでこいよ。ともう一人の私は言う。

大丈夫、つらかったらまた、何日かひきこもればいいさ。そして泣けばいいさ。大丈夫。お前のことを揺るがすものはあっても、殺しに来る奴はいない。

クラナドは人生、だったはずなんだけど

日々のこと

 今日は自分の頭の中を整理できた良い日だった。

偶然の再会。二人がここにいる不思議は、生涯に一度の夜を生みださない。

「君だけに教えてあげるから困ってね」って言ってみたいね、あの人に。

ああ、幸せってなんだろうか。生き急いでる。人はいつ死ぬかわからない。だからいま会わなきゃ。いま話さなきゃ。焦ってる。急いでるのよわたし。だれかに止めてほしいし、ついてきてほしい気もするの。でも、本当は手をひいてほしいのかな。わからない。

ポエムみたいなことを書くくらいには余裕があるけど、目元のけいれんは止まらないまま、人生はいつだって準備不足で走りまわる。

見返りフェードアウト

日々のこと

自分でもわからないくらいに執着している。

あの人の面影を見るからか、それとも他の理由からか。何かから解放されたいのか。

女神になりたいのか?

 

フェードアウトすべきだと頭でわかっていても、できない。このまま、ずっと自分の気持ちを観察して、おさまるのを待つしかない。一緒に居る時間をなるべく減らすこと、会話する機会を自ら奪い、私は日常に戻ろう。

誰かの未来を喰いつぶすあいつを見て、そんな風にならないと誓ったじゃないか。私は、私は誰かの時間をいたずらに消費してはいけない。もしかしたらあの人も、などと思ってはいけない。自分の中のアイドルや女神たちとたわむれて、こういった感情は忘れてしまうのが一番だ。

もともと無かったかもしれない縁だ。楽しむけれど、受動的に。能動的な私は、見返りを求めてしまうから。

博愛主義は二十歳まで。

日々のこと

私は大きな荷物を持てないのに持ちたがる人間だ。自分は力持ちだと思っているのだ。でも本当はそんなことなくて、むしろ許容量は他の人より少ないのだ。けれど、いつも荷物を持ちたいと思っている。

 

人をいつまでも許してしまうのは私の悪い癖だ。だから仲良くなった人には怒れるけど、そうでない人にはいつまでもイエスを言い続ける。誰かが私を裏切っても泣いたり少し責めたりするだけで、いつかあの人も誠実さの意味に気付くだろうと勝手に期待して、また裏切られて泣いているのだ。自分は少しのパンしか持っていないのに配り続けているのだ。

 

私は自分を愛してくれる人をもっと大切にしなければならないと思う。私のことを大事にしない人なんか放っておいて、君が好きだと私に時間をかけてくれる全ての人を愛してゆきたいと思う。振り向きざまに「ばーか」と言ってくるような意地悪な人のことなんて、嫌いになってしまえばいいのだ。博愛主義は二十歳まで。差別意識は二十歳から。とっくに二十歳を過ぎた私。

 

恋をするというのは人を分け隔てることだから、つまり差別なのだ。レッツ差別。私は私の王国をつくります。愛してくれる人にプレゼントするものを考えます。みんなに笑いかけるけど、去っていく人のことは止めません。傷つけるものは追放します。

 

さよなら博愛主義者の私。これからは宇宙規模の愛を実現してください。